本書は生成AIと共同で執筆しています。事実関係は可能な範囲で公式ドキュメント・一次情報と照合し、記述の多くは実際のチェーン上のデータで検証していますが、誤りが含まれている可能性があります。重要な判断を行う前にご自身でも一次情報をご確認ください。

この本の立場

私はブロックチェーンの専門家ではありません。デジタルアーカイブが専門で、文化資料をデータスペース(組織をまたいでデータを預けあい、条件つきで使わせあうための共通基盤)に載せるという仕事の途中でブロックチェーンに出会いました。

そこで困ったのは、入門書の説明と、目の前で起きていることが噛み合わないことでした。

たとえば NFT について、日本語の解説はたいてい次のように書いています。

実際の作品データは大きすぎるため別の場所に保存し、そのリンク情報を NFT が持つのが一般的です。

間違いではありません。ですが、私が実際に作った NFT は違いました。tokenURI は外部を指しておらず(8 章)、資料そのものはチェーンにも tokenURI にも入っていませんでした(2 章)。

本書は、その食い違いを出発点にしています。一般論を先に覚えるのではなく、実際に記録された1件の取引を最後まで読み解く。そこから逆算して仕組みを理解します。

何を読み解くのか

2026年8月13日、私は国立国会図書館デジタルコレクションが公開している古典籍——芭蕉編『歳旦発句牒』(天和2年=1682年刊)の IIIF マニフェスト——を、データスペースのポータルに1件登録しました。

そのとき Ethereum のテストネット(Sepolia)に、2本の取引が記録されました。

0x2d29cc0626971b6c71bc135e4f68bbe711da1b16f6098664724bf4a7f7f8bc84
0x2b699f1d67904dc675e204702318bf7c4bca9cb53e38ecfaed3252f0cecb9103

この2本が、本書の教材です。いま現在も公開チェーン上にあり、誰でも読めます。消えません。本書のどの章も、この実物を根拠にしています。

登録に使ったのは Ocean Protocol を基盤とするデータスペースのポータルですが、Ocean を学ぶ本ではありません。「実際に動いているものを読む」ための素材として使うだけです。

読むことから始める3つの理由

1. 無料で、壊せないから

チェーンを読むのに費用はかかりません。ウォレットも秘密鍵も要りません。間違えても何も壊れません。

書く側から始めると、ウォレットの導入、テスト通貨の入手、署名の承認……と、仕組みと関係のない手続きが先に来ます。そこで力尽きるのはもったいない。

2. 実物には、教科書に載らないものが写っているから

一般論は「きれいな場合」を説明します。実物には、設計上の妥協や、不備や、意図しない副作用がそのまま写っています。

本書では実際に次のようなものに出会います。

  • 資産の説明がまったく入っていないメタデータ JSON
  • 規格違反(supportsInterface が ERC-165 自身に false を返す)
  • サーバの IP アドレスが平文で永久に記録されていること

いずれも「そういうものだ」と言われれば頷いてしまう話ですが、実物を見ると考えざるを得ません。

3. 「載っていないもの」が見えるから

これが最大の理由です。

ブロックチェーンの議論では「改竄できない」「透明である」が強調されます。ですが実務で本当に効くのは、何が載っていないかです。

今回の例で言えば、チェーン上に資料の題名はありません。所蔵機関の名前もありません。ライセンスもありません。載っているのは暗号化されたひとかたまりと、構造の情報だけです。

「ブロックチェーンで来歴を保証する」と言うとき、保証されているのは何で、されていないのは何なのか。読めば分かります。

本書の構成と、付属ツール

前半(2〜10 章)は読むだけです。ウォレットは要りません。

後半(11〜12 章)で初めて自分で書き込みます。ここだけ MetaMask とテスト通貨が必要になります。前半だけで完結して構いません。

各章にはその場で試せる Web ツールが付いています。

取引ハッシュを貼ると中身を解析して表示します。本書で読み解く取引の中身は、このツールでそのまま再現できます。ツールに載せていない問い合わせは、本文にコマンドを載せます。日本語・英語どちらでも使えます。

ツールについて、3つ約束します。

  1. 秘密鍵の入力欄はありません。学習用であっても、鍵を入力させる画面を作りません
  2. テストネット固定です。メインネットに繋がっている状態では、書き込み操作を受け付けません
  3. 前半はウォレット不要です。接続しなくても全部読めます

想定読者

  • ブロックチェーンの入門書を読んだが、実感が湧かなかった方
  • デジタルアーカイブ、図書館、博物館、公文書館で、来歴の保証やデータの流通に関心のある方
  • 「NFT でデジタル資料を管理できるのか」を判断したい方

プログラミングの経験は前提としません。ただし後半の章では、コードを読む場面が少しあります。

用語について

最初に 4 つだけ。あとは出てきたところで説明します。

本書での意味
取引(トランザクション)チェーンに何かを書き込む操作1回分。読むだけなら取引にならない
ガス書き込みの手間を測る単位。手数料 = ガス量 × 単価
契約(コントラクト)チェーン上に置かれたプログラム。NFT もこれの一種
ハッシュ任意の長さのデータから、決まった長さの短い値(本書では 32 バイト)を計算したもの。同じ入力からは必ず同じ値が出る/1 文字違えば全然違う値になる/値から元のデータは戻せない。「中身を見せずに、同じものかどうかだけ確かめる」ために使う

「取引」は送金のことだと思われがちですが、チェーンへの書き込み全般を指します。本書で読む2本も、お金は1円も動いていません。それでも手数料はかかります。その理由は 5 章で扱います。